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東京地方裁判所 平成元年(ワ)12378号 判決 1990年7月23日

原告

城南信用金庫

右代表者代表理事

真壁実

右訴訟代理人弁護士

市来八郎

亀井時子

浅井通泰

被告

笠原眞佐子

右訴訟代理人弁護士

亀井忠夫

被告

笠原邦夫

笠原作夫

右両名訴訟代理人弁護士

大日向節夫

主文

一  被告笠原邦夫及び被告笠原作夫は、原告に対し、各自金四六一万一六五七円及び内金二七〇万円に対する昭和六〇年三月二七日から支払済みまで、内金一八三万〇一四〇円に対する昭和六三年一二月二二日から支払済みまでそれぞれ年一四パーセントの割合による金員を支払え。

二  被告笠原眞佐子は、原告に対し、金三〇〇万円及びこれに対する昭和六〇年三月二七日から支払済みまで年一四パーセントの割合による金員を支払え。

三  原告のその余の請求を棄却する。

四  訴訟費用は、原告に生じた費用の六分の一と被告笠原眞佐子に生じた費用の二分の一を原告の負担とし、原告に生じた費用の三分の一と被告笠原邦夫に生じた費用を被告笠原邦夫の負担とし、原告に生じた費用の三分の一と被告笠原作夫に生じた費用を被告笠原作夫の負担とし、原告及び被告笠原眞佐子に生じたその余の費用を被告笠原眞佐子の負担とする。

五  この判決は、原告勝訴の部分に限り、仮に執行することができる。

事実

第一  当事者の求めた裁判

一  請求の趣旨

1  被告らは、原告に対し、各自金四六一万一六五七円及び内金二七〇万円に対する昭和六〇年三月二七日から支払済みまで、内金一八三万〇一四〇円に対する昭和六三年一二月二二日から支払済みまでそれぞれ年一四パーセントの割合による金員を支払え。

2  訴訟費用は被告らの負担とする。

3  仮執行宣言

二  請求の趣旨に対する答弁(被告ら)

1  原告の請求をいずれも棄却する。

2  訴訟費用は原告の負担とする。

第二  当事者の主張

一  請求原因

1  原告は、昭和五七年一月二三日、訴外スバル化成株式会社(以下「訴外会社」という。)との間で、証書貸付け等の取引によって訴外会社が原告に対し負担する債務について、左の内容を含む信用金庫取引契約を締結した。

(一) 訴外会社が手形交換所の取引停止処分を受けたときは、訴外会社は原告に対する一切の債務について当然に期限の利益を失う。

(二) 訴外会社が原告に対して負担する債務の履行を遅延したときには、年一四パーセントの割合による遅延損害金を支払う。

2  原告は、右信用金庫取引契約に基づき、訴外会社に対し、左記のとおり、金員を貸し渡した(以下、(一)の貸付けを「本件(一)の貸付け」、(二)の貸付けを「本件(二)の貸付け」という。)。

(一) 貸付日 昭和五九年七月三一日

貸付金額 金三〇〇万円

返済方法 昭和五九年八月から昭和六二年一月まで毎月末日に元金一〇万円及びその日までの利息を弁済する。

貸付利息 年9.5パーセント

(二) 貸付日 昭和五九年八月二三日

貸付金額 金三〇〇万円

返済方法 昭和五九年九月から昭和六二年二月まで毎月末日に元金一〇万円及びその日までの利息を弁済する。

貸付利息 年9.5パーセント

3  被告笠原眞佐子は、昭和五八年一月二九日、原告に対し、同日以降訴外会社が負担する債務について、包括的に連帯保証をした(以下「本件包括連帯保証契約」という。)。

4  被告笠原邦夫及び被告笠原作夫は、原告に対し、昭和五九年七月三一日には本件(一)の貸付けに基づき、同年八月二三日には本件(二)の貸付けに基づき、それぞれ訴外会社が負担する債務について、それぞれ第二項の各貸付日に連帯保証した。

5  訴外会社は、昭和六〇年三月二六日、東京手形交換所の取引停止処分を受けた。

6  よって、原告は、被告笠原眞佐子に対し、本件包括連帯保証契約に基づき、被告笠原邦夫及び被告笠原作夫に対し、右各連帯保証契約に基づき、各自元金のうち金四五三万〇一四〇円並びに内金二七〇万円に対する昭和五九年一二月一日から昭和六〇年三月二六日まで年9.5パーセントの割合による約定利息として金八万一五一七円、合計金四六一万一六五七円並びに内金二七〇万円に対する昭和六〇年三月二七日から支払済みまで年一四パーセントの割合による約定遅延損害金及び内金一八三万〇一四〇円に対する昭和六三年一二月二二日から支払済みまで年一四パーセントの割合による約定遅延損害金の各支払をなすことを求める。

二  請求原因に対する認否

1  被告笠原眞佐子

請求原因1及び2の各事実は知らない。同3及び5の各事実は認める。

2  被告笠原邦夫及び被告笠原作夫

請求原因1及び2の各事実は知らない。同4及び5の各事実は認める。

三  被告笠原眞佐子の抗弁

1  錯誤無効

本件包括連帯保証契約を締結するに当たり、被告笠原眞佐子は、同契約は無期限、無制限の包括保証ではなく一回限りの連帯保証をするものと誤信していた。

2  信義則による責任の減免

本件包括連帯保証契約は、証書貸付け等の取引によって生じる現在及び将来の訴外会社の原告に対する一切の債務について保証期間及び保証限度額を定めずに包括的に連帯保証をするというものであって、期間的にも金額的にも被告笠原眞佐子の責任が無限に拡大する危険性が十分にあるものである。したがって、金融機関である原告としては、法的知識に乏しい主婦である被告笠原眞佐子に対し、事前に十分その内容を説明し、かつ、同契約締結後においても訴外会社に対する取引状況を逐一報告し、新たな取引をする場合は別に十分な担保を徴すると共に、包括連帯保証人に事前に了解を求めるなど包括連帯保証人の責任が不当に拡大することのないようにするべき信義則上の義務がある。

にもかかわらず、原告は、本件包括連帯保証契約の締結に当たり被告笠原眞佐子に対し同契約の内容や危険性に関する説明を全くすることなく、包括保証契約書を被告笠原眞佐子に交付することすらしなかった。さらに、本件(一)、(二)の貸付けをなすに当たっても、事前にも事後的にも被告笠原眞佐子に対し了解を得たり、報告をするなどの行為を一切しなかった。

このような事情の下で、被告笠原眞佐子に対し本件包括連帯保証債務契約に基づく保証債務の履行を請求するのは信義則に反し、被告笠原眞佐子の責任は追求できない。仮にそうでないとしても、少なくとも七〇パーセント以上その責任は減縮されるべきである。

四  被告笠原眞佐子の抗弁に対する認否

1  抗弁1について

抗弁1は否認する。本件包括連帯保証契約は、「包括保証約定書」という不動文字が大きく印刷された書面に被告笠原眞佐子が署名捺印する形でなされたものであり、これを包括的でない一回限りの連帯保証と誤信することはあり得ない。

2  抗弁2について

抗弁2の事実のうち、原告が被告笠原眞佐子に包括保証契約書を交付していないことは認め、その余の事実は否認ないし争う。

五  再抗弁

1  抗弁1に対し

被告笠原眞佐子は、「包括保証約定書」という不動文字が大きく印刷された書面に署名捺印して本件包括連帯保証契約を締結しており、にもかかわらずこれを包括的でない連帯保証として誤信したことは、同被告の重大な過失に基づくものである。

2  抗弁2に対し

被告笠原眞佐子は、訴外会社の経営者であった被告笠原作夫の妻であり、右訴外会社の損益等に重大な関心と利害を有していたものであり、その経営状況については、原告による報告を待つまでもなく十分知りうる立場にあった。

また、本件包括連帯保証契約締結当時の訴外会社に対する原告の融資残高は金七四七万七五九〇円で、その後十数度の貸付け及び返済がなされ、その間融資残高が最高一〇二一万六〇〇〇円になることもあったが、本件(一)の貸付けがなされた昭和五九年七月三一日当時の融資残高は、本件(一)の貸付けを含めても金四六〇万円であり、本件(二)の貸付けがなされた同年八月三一日当時の融資残高は本件(二)の貸付けを含めて金六五四万五〇〇〇円で、右経過に照らし本件(一)、(二)の貸付けは不当とはいえず、本件各貸付けに基づく金員の支払を被告笠原眞佐子に請求しても信義則に違反するとはいえない。

六  再抗弁に対する認否

再抗弁1は争う。同2のうち、被告笠原眞佐子が被告笠原作夫の妻であることは認めるが、訴外会社の損益等に重大な関心と利害を有し、その経営状況については原告による報告を待つまでもなく十分知りうる立場にあったことは否認し、その余は知らない。

第三  証拠<省略>

理由

一請求原因について

請求原因1及び2の各事実は、被告笠原邦夫及び被告笠原作夫と原告との間では成立に争いがなく、<証拠>により認めることができる。

請求原因3ないし5の各事実は、当事者間に争いがない。

二そこで、抗弁について判断する。

1  抗弁1(錯誤無効)について

被告笠原眞佐子本人尋問の結果によっても抗弁1の事実を認めることはできず、かえって右尋問の結果及び<証拠>によれば、被告笠原眞佐子は、大きく不動文字で「包括保証約定書」との記載があり、保証金額等の記載のない書面に署名捺印した事実が認められ、右事実に照らせば被告笠原眞佐子は包括連帯保証と認識して本件包括連帯保証をした事実が推認される。

よって、抗弁1は理由がない。

2  抗弁2及び再抗弁2(信義則違反)について

保証人が主債務者の現在及び将来負担する一切の債務について、保証期間及び保証限度額の定めなく連帯保証をするといういわゆる包括連帯保証契約においては、包括連帯保証契約が締結されるに至った経緯、債権者と主債務者との取引の態様及び経過、債権者が取引に当たって債権保全のために講じた注意の程度と手段その他一切の事情を斟酌し、信義則に照らして包括連帯保証人の責任を合理的範囲内に制限すべきものであると解するのが相当である。

そこで、これを本件について検討すると、前記認定の各事実の他、<証拠>によれば次の各事実が認められ、同認定を覆すに足りる証拠はない。

(一)  被告笠原眞佐子は、訴外会社の代表者であり、かつ、自らの夫である被告笠原作夫から、「原告名義でしている積立貯金を担保に金を借りるのに必要だから」との説明の下、依頼されて、「多分一〇〇万円位の借入れなのであろう。」との気持ちで本件包括連帯保証契約をなすことを承諾し、自宅において本件包括連帯保証契約書に署名捺印して、これを被告笠原作夫に渡した。本件包括連帯保証契約締結に当たり、原告が被告笠原眞佐子と面談し、同人に包括連帯保証の内容を説明したり、保証意思を確認したりしたことはなかった。また、原告は、同人に包括連帯保証契約書を交付しなかった。

(二)  被告笠原眞佐子は訴外会社の経営者の妻であったが、夫婦は遅くとも昭和五九年には円満さを欠くようになり、同六〇年には離婚した。また、被告笠原眞佐子は、同社の監査役の地位にあったが、監査役の報酬も得ておらずその業務も全く行わない名目上の監査役にすぎなかった。そのため、被告笠原眞佐子は、訴外会社の経営には全く関与せず、その経営状態、取引状況等も知らなかった。

(三)  原告と訴外会社の取引は本件包括連帯保証契約締結の日から本件各貸付けの日まで継続的に行なわれていた。本件包括連帯保証契約当時の融資残高は約七五〇万円であったところ、その後一時は同残高が一〇〇〇万円を越えることもあったが、本件(一)の貸付けによって同貸付日現在の融資残高は四六〇万円、本件(二)の貸付けによる同日現在の融資残高は六五四万五〇〇〇円に過ぎなかった。

(四)  しかしながら、本件(一)、(二)の貸付けを行うに当たって金融機関である原告の担当者はその債権の保全面が若干弱いことを認識していたが、被告笠原眞佐子の包括連帯保証があったためその担保力を評価して本件(一)、(二)の貸付けを行なったものであるところ、その際、被告笠原眞佐子に対し、事前にも事後的にも、本件(一)、(二)の貸付けについて個別に了解を求めることは勿論、本件(一)、(二)の貸付けを含む原告と訴外会社との間の取引の内容を全く説明しなかった。

(五)  訴外会社が東京手形交換所の取引停止処分を受け事実上倒産したのは、本件(一)、(二)の貸付けの日の約半年後であった。

右の各事実によると、本件(一)、(二)の貸付けは、原告と訴外会社の従前の取引経緯からして、いずれも、決して不適当な取引とはいえないものの、原告は同社の債権保全面に不安を抱いていたのであり、かつ、本件包括連帯保証契約締結後一年半を経過した時期に、一か月の間に金三〇〇万円の貸付けを二度にわたり行い、しかもそれは被告笠原眞佐子の包括連帯保証の担保力を評価して行なったのであるから、本件(一)、(二)の貸付けをなすに当たっては、同社の監査役とはいえ実態は同社の経営者の妻であるだけで訴外会社の経営に関与していなかった被告笠原眞佐子に対し、本件(一)、(二)の貸付けに関し再度その保証意思の確認を個別的に行うべきであったと解すべきであり、これを全面的に怠った原告が被告笠原眞佐子に対し包括連帯保証債務の履行を請求すること自体を信義則違反とまではいえないものの、その責任を全額について認めるのは適当ではなく、右各事実及びその他諸般の事情を総合考慮すると、被告笠原眞佐子が本件包括連帯保証契約に基づき本件(一)、(二)の貸付けに関し負担すべき責任額は、これら貸付けの元本合計額の五割にあたる金三〇〇万円をもって限度とするものと認めるのが相当である。

三以上の次第で、その余の点について判断するまでもなく、原告の本訴請求は、被告笠原眞佐子に対しては、本件(一)、(二)の貸付けの元本合計額の五割にあたる金三〇〇万円及びこれに対する弁済期の翌日である昭和六〇年三月二七日から支払済みまで年一四パーセントの割合による約定遅延損害金の支払を求める限度において理由があるからこれを認容し、その余は失当であるからこれを棄却し、被告笠原邦夫及び被告笠原作夫に対しては、いずれも理由があるからこれを認容し、訴訟費用の負担につき民事訴訟法八九条、九二条本文、九三条一項を、仮執行の宣言につき同法一九六条をそれぞれ適用して、主文のとおり判決する。

(裁判官川口代志子)

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